会社員のころは、仕事でミスをしても会社が責任を負ってくれましたし、病気で休んでも健康保険の傷病手当金がありました。ところがフリーランスになると、こうした「守り」は自分で用意しなければなりません。
「納品したシステムの不具合で取引先に損害を出したらどうしよう」「預かったデータを漏えいしたら、賠償金はいくらになるのか」「体調を崩して数か月働けなくなったら生活できるのか」。独立を考えているITエンジニアやデザイナーの方から、こうした不安の声はよく聞かれます。
この記事では、フリーランスが備えておきたいリスクを整理したうえで、賠償責任保険・所得補償保険・労災保険の特別加入といった選択肢を、公式情報で確認できる範囲で解説します。
フリーランスが抱える「お金のリスク」は大きく3つ
保険を選ぶ前に、まず「何に備えるのか」をはっきりさせておきましょう。フリーランスのリスクは、大きく次の3つに分けられます。
| リスクの種類 | 具体例 | 主な備え |
|---|---|---|
| ①仕事で他人に損害を与える | 納品物のバグで取引先に損失、情報漏えい、著作権侵害、納期遅延 | 賠償責任保険、契約書での責任範囲の取り決め |
| ②自分が働けなくなる | 病気やケガで長期間仕事ができず収入が途絶える | 所得補償保険(就業不能保険)、貯蓄 |
| ③仕事中・通勤中のケガや病気 | 打ち合わせ先への移動中の事故、作業中のケガ | 労災保険の特別加入、傷害保険 |
会社員であれば②や③の一部は社会保険でカバーされますが、フリーランスは対象外になる部分があります。また①は、会社員なら原則として会社が対応する問題でしたが、フリーランスは自分自身が契約の当事者として責任を問われる立場になります。
ITフリーランスに賠償責任保険が必要と言われる理由
個人でも「損害賠償」を請求される可能性がある
業務委託契約を結んで仕事を受けると、フリーランスは取引先と対等な契約当事者になります。そのため、自分のミスで相手に損害を与えた場合には、契約内容や法律に基づいて損害賠償を求められる可能性があります。
ITエンジニアやデザイナーの仕事で想定される事故としては、次のようなものがあります。
- 開発・保守していたシステムの不具合で、取引先のサービスが停止した
- 作業用PCの紛失や設定ミスで、預かった顧客データが漏えいした
- 納品したデザインや素材が、第三者の著作権を侵害していた
- 体調不良やトラブルで納期に間に合わず、取引先の事業に影響が出た
- 客先に常駐中、借りていた機材を壊してしまった
賠償額は事故の内容や契約条件によって大きく変わり、個人で支払うには重すぎる金額になることもあります。
契約書の「損害賠償条項」を必ず確認する
保険とあわせて大切なのが、契約書の確認です。業務委託契約書には、損害賠償の範囲や上限を定める条項が入っていることがあります。たとえば「賠償額は受け取った委託料の金額を上限とする」といった定めがあれば、万一のときの負担を一定の範囲に抑えられます。
反対に、上限の定めがなかったり、「一切の損害を賠償する」といった広い書き方になっていたりする場合は、契約前に相談してみる価値があります。取引条件の明示など、発注者側に求められるルールについては、フリーランス新法の解説記事も参考にしてください。
賠償責任保険の選び方|補償範囲で比べる
フリーランス向けの賠償責任保険は、保険会社の商品に個人で加入する方法のほか、団体の会員特典として付いてくる(自動付帯)ものもあります。どの方法でも、次のポイントを比べると選びやすくなります。
| 確認するポイント | チェックの内容 |
|---|---|
| 補償される事故の種類 | 対人・対物事故だけか、情報漏えい・納品物の瑕疵(欠陥)・著作権侵害・納期遅延まで含むか |
| 支払限度額 | 1事故あたり、保険期間中あたりの上限はいくらか |
| 自己負担額(免責金額) | 事故のたびに自分で負担する金額があるか |
| 対象となる業務 | 自分の職種・業務内容が補償の対象に含まれているか |
| 費用 | 保険料や、団体の会費がいくらかかるか |
特にITエンジニアやデザイナーの場合、対人・対物事故よりも「納品物の欠陥」「情報漏えい」「著作権侵害」といった、いわゆる業務過誤が現実的なリスクになりやすいため、これらが補償範囲に含まれているかを重視するとよいでしょう。
例:フリーランス協会の一般会員に自動付帯される賠償責任補償
一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(以下、フリーランス協会)では、一般会員(年会費1万円)に賠償責任補償が自動付帯されています。公式サイトで確認できる主な内容は次のとおりです(2026年10月時点)。
| 補償の区分 | 支払限度額(公式サイト記載) |
|---|---|
| 業務遂行中の補償(対人・対物など) | 1億円 |
| 業務結果(PL責任)の補償 | 1億円 |
| 受託財物の補償 | 1,000万円 |
| 業務過誤(納品物の瑕疵、著作権侵害、納期遅延) | 1,000万円 |
| 業務過誤(情報漏えい) | 1,000万円 |
このほか、一般会員には弁護士費用保険や福利厚生サービスも自動付帯されると案内されています。ただし、自己負担額や細かい支払条件は保険パンフレットで確認する必要があります。ここで紹介した内容は一例であり、ほかの保険商品と比べたうえで、自分の業務に合うものを選んでください。
働けなくなったときの備え|所得補償保険と公的制度
国民健康保険の傷病手当金は「必ずある」制度ではない
会社員が加入する健康保険には、病気やケガで仕事を休んだときに支給される傷病手当金があります。一方、フリーランスの多くが加入する国民健康保険では、傷病手当金は保険者(市区町村など)が条例や規約で定めて「行うことができる」給付という位置づけで、要件や内容も保険者ごとに決められています(厚生労働省「国民健康保険制度の概要」)。
つまり、フリーランスが病気で長く休んだ場合、会社員と同じように手当を受け取れるとは限りません。国民健康保険の仕組みについては、お住まいの市区町村の窓口やウェブサイトで確認しておくと安心です。
所得補償保険(就業不能保険)という選択肢
病気やケガで働けなくなったときの収入減に備える保険が、所得補償保険(商品によっては就業不能保険)です。一定期間以上働けない状態になったとき、契約で決めた金額を保険金として受け取れる仕組みが一般的です。
たとえばフリーランス協会の一般会員は、所得補償制度に任意で加入でき、会員向けの割引が適用されると案内されています。補償期間は1年から70歳満了まで選べるとされ、新規加入は64歳までです。
所得補償保険を検討するときは、次の点を確認しましょう。
- 何日間働けない状態が続くと支払いが始まるか(待機期間・免責期間)
- どのくらいの期間、保険金を受け取れるか
- 精神疾患や持病が対象になるか、対象外の条件は何か
- 保険料と、受け取れる金額のバランス
保険に頼るだけでなく、生活費の数か月分を手元に残しておくことも、働けない期間への現実的な備えになります。
労災保険の特別加入|2024年11月からフリーランス全般が対象に
労災保険は本来、会社に雇われている人のための制度ですが、「特別加入」という仕組みを使えば一部の個人事業主も加入できます。2024年(令和6年)11月1日からは、企業などから業務委託を受けて働くフリーランスが、業種・職種を問わず特別加入の対象になりました(厚生労働省)。
加入の方法と保険料
- 都道府県労働局長の承認を受けた「特別加入団体」を通じて申し込む
- 消費者だけを相手に仕事をしている場合は対象外(企業などから業務委託を受けている、または受ける見込みがあることが条件)
- 給付基礎日額(保険料や給付の基準となる1日あたりの金額)を、3,500円〜25,000円の16段階から選ぶ
- 年間保険料は「給付基礎日額×365日×0.3%」
厚生労働省のリーフレットでは、給付基礎日額を10,000円にした場合の年間保険料は10,950円と示されています。なお、特別加入団体によっては別途会費などがかかる場合があるため、申し込む団体の案内を確認してください。
受けられる補償
仕事中や通勤中のケガ・病気・死亡に対して、治療費(療養給付)、療養のため働けない間の休業給付、障害が残った場合の給付、遺族への給付などを受けられます。
在宅で作業することが多いITフリーランスでも、客先への訪問や移動中の事故、作業による体の不調などのリスクはゼロではありません。保険料が比較的抑えられているため、民間保険とあわせて検討する価値があります。
保険料は経費になる?税金の扱いの基本
保険料を払ったときに気になるのが、確定申告での扱いです。基本的な考え方は次のとおりです。
| 保険の種類 | 税金での扱い(一般的な考え方) |
|---|---|
| 事業のための賠償責任保険など | 事業に関係する支出として、必要経費にできるかを検討する |
| 自分のための生命保険・医療保険など | 必要経費ではなく、生命保険料控除(所得控除)の対象になりうる |
国税庁のタックスアンサーによると、2012年(平成24年)1月1日以後に締結した保険契約の生命保険料控除(所得税)は、一般の生命保険料・介護医療保険料・個人年金保険料がそれぞれ最高4万円、合計で最高12万円です。なお、令和8年分以降は、23歳未満の扶養親族がいる場合に一般の生命保険料の上限が6万円になるとされています。
所得補償保険のように「自分の収入」を守る保険の扱いや、団体の年会費の扱いなどは、内容によって判断が分かれることがあります。迷う場合は税務署や税理士に確認してください。経費の考え方全般は、フリーランスエンジニアの経費一覧でも解説しています。
独立したてのフリーランスが優先すべき順番
すべての保険に一度に入る必要はありません。収入が安定しない独立初期は、保険料の負担も考えながら、次の順番で考えるのがおすすめです。
- ステップ1:契約書の損害賠償条項を確認し、責任の範囲と上限を把握する
- ステップ2:業務過誤(納品物の欠陥・情報漏えいなど)をカバーする賠償責任保険を検討する
- ステップ3:生活費の数か月分の貯蓄をつくる
- ステップ4:所得補償保険や労災保険の特別加入で、働けないときの収入減に備える
取引先によっては、契約時に賠償責任保険への加入状況を確認されることもあります。保険に加入しておくことは、自分を守るだけでなく、取引先からの信頼にもつながります。独立準備の全体像は、開業届の判断基準の記事や事業用口座の記事もあわせてご覧ください。
まとめ
- フリーランスのリスクは「他人への賠償」「働けなくなる」「仕事中のケガ」の3つに分けて考える
- ITエンジニア・デザイナーは、納品物の欠陥や情報漏えいなどの業務過誤をカバーする賠償責任保険を重視する
- 契約書の損害賠償条項で、責任の範囲と上限を確認しておく
- 国民健康保険の傷病手当金は保険者ごとの任意の給付で、会社員と同じ保障があるとは限らない
- 2024年11月から、企業から業務委託を受けるフリーランスは業種を問わず労災保険に特別加入できる(年間保険料は給付基礎日額×365日×0.3%)
- 事業の保険は経費、自分の生命保険などは生命保険料控除が基本。判断に迷う場合は専門家に相談する
参考にした公式情報
- 厚生労働省|令和6年11月1日から「フリーランス」が労災保険の「特別加入」の対象となりました
- 厚生労働省|フリーランスの皆さまも、特別加入により労災保険の補償を受けられます!(リーフレット)
- 厚生労働省|国民健康保険制度の概要
- 国税庁|No.1140 生命保険料控除
- フリーランス協会|会員特典(ベネフィットプラン)
- フリーランス協会|入会案内(PDF)
※本記事は2026年10月時点の情報をもとに作成しています。最新情報は公式サイトでご確認ください。個別の判断は税理士や専門家にご相談ください。
